In Celebration Of ・・・



宴の余韻が残る心持ちで友雅は1人縁に座って杯を傾けていた。

相手はこの屋敷の末姫が龍神の神子のために特別に整えた庭と秋の気配を感じさせる夜空にかかる月。

「友雅さん」

ふいに予想もしていなかった人の声に友雅は驚いて振り返った。

振り返られた相手、数ヶ月前まで敵であった鬼と違わぬ金の髪を持ちながらそれとはけして交わらない柔らかい気を有する少年は大人びた笑みを浮かべる。

「君も酔いつぶれてしまったかと思っていたよ。詩文。」

詩文がちょうど今出てきた部屋の中では祝杯と称した自棄酒によって累々と元八葉達が転がっているはずだ。

その中に確かこの少年もいたように思ったのに。

「僕はお酒は飲みません、未成年だもの。」

揶揄するような笑顔から部屋の中で真っ先に潰れたあまり年の違わない少年に向けられた言葉であることを読みとって友雅も笑った。

「今日ぐらいは大目に見てあげなさい。それに彼らも立派な男だよ。」

「そうですね。」

ちょうど友雅が杯を煽ったせいで会話が途切れる。

「座ってもいいですか?」

許可を求めるというよりは、確認するように聞かれて友雅は無言で頷く。

座って、しばし友雅と同じように月を見上げていた詩文はぽつっと口を開いた。

「あかねちゃん・・・・綺麗でしたね。」

一瞬、ぴくっと友雅の手が止まる。

しかしすぐにその手は何事もなかったかのように口元へと杯を運んだ。

・・・・杯を仰ぐ一瞬、瞼のうらに焼き付いた光景が過ぎった。






―― 今日の宴は露顕の宴だった。

龍神の神子としてこの世界へやってきた少女、あかねと彼女を守る八葉であった源頼久との。

無口で武骨な青年と快活で優しい少女がいつのまに心を通わせていたのか、友雅にもわからなかった。

それを知ったのは鬼との決着をつけるべくあかねが龍神を呼び出した時・・・・龍神に召されたとばかり思った少女が空から彼女の名を呼び続ける青年の腕に戻ってきた時だったのだから。

この世界に留まり自分の側にいて欲しい、そういう頼久に嬉しそうにあかねが頷くのをどうすることもできず友雅は見つめていた。

そして周囲があっけにとられるほどの早さで頼久はあかねを妻に迎えたのである。

露顕の宴の席にあかねが現れた瞬間、おそらくその場にいた全員が息を飲んだ。

彼女の世界での花嫁衣装だという少々風変わりな真っ白い着物に身を包んだあかねは純粋な少女であった頃となんら変わりなく清らかで、それでいながら確かに露をたっぷり含んで開いた花のように美しかった。

「・・・・ああ、そうだね。神子殿・・・否、あかね殿は天女のようだったよ。」

はぐらかすように当たり障りのない答えを返す友雅を詩文は無表情で見て、視線を月に戻した。

「僕は、あかねちゃんが好きだったんです。」

「・・・・知っていたよ。」

返ってきた答えは予想通りだったのか、詩文は笑った。

「だと思ってました。だって僕は誰にもあかねちゃんをとられたくなかったから、僕があかねちゃんを大好きだぞってわかるように振る舞ってたつもりですから。」

「ああ、だから私には特に手厳しかったわけだね。」

くすりと笑う友雅に詩文はわざと仏頂面で頷いた。

「もちろんです。あかねちゃんを毒牙から守らなくちゃならなかったもん。」

「詩文、言うねえ。」

「でも・・・・友雅さん、本気だったんでしょ?」

急に調子が変わった問いに友雅は笑いを納めた。

「そう、見えたかい?」

「はい。」

「そうだね・・・・」

呟いて友雅は視線を月へと向けた。

『桃源郷の月』・・・・情熱を例えた言葉が今、表すものはけして手に入らない悲しいほど愛しい1人の少女。

「詩文、私はね今までいくつもの戯れの恋を紡いだ。だが、もうそれはできそうにないよ。」

「え?」

「『桃源郷の月』は・・・・私の『桃源郷の月』は1人しかいない。たった一度きりでいいのだよ・・・・本当の恋はね。」

「友雅さん・・・・」

そう、それでいい。

あまりに美しくて手を触れることすらためらった少女は今は他の男の手の内にある。

彼女の愛する者の腕の中に。

その者が彼女を他に並び立つものが無いほどに幸せにするだろう。

願うのはあの少女の幸せで、他に望むものなどない・・・・そんな恋はきっと一度しかできない。

一生この胸に一時輝いた情熱の残り火を抱いて生きていくことができるほどに激しく大切すぎる、恋は。






ふいに詩文が片手を差し出した。

「?」

「僕にもください。」

「え?」

首を傾げた友雅の手元を詩文は指さした。

「・・・・未成年は酒は飲まないのではなかったのかな?」

「今日は特別です。『祝杯』をあげなくちゃ。」

友雅は一瞬驚いた顔をして、すぐにいかにもおかしそうにくっくっと笑い出した。

「ああ、そうだね。『祝杯』をあげよう。」

互いに想った少女の幸せを祝って。

・・・・己の一生にたった一度と思えるほどの大切な恋に出会えた事を祝って・・・・

月夜に、楽しげな笑い声が響いた。












                                               〜 終 〜





― あとがき ―
あ〜、またやっちまいました。友雅さんの切ない系創作・・・
友雅さんファンの方すみません!!東条はど〜も切ない友雅さんのお話って大好きみたいです。
だって格好いいんですもん(笑)
しかもこういうのを書けば書くほど友雅さんが格好良く思えてくるんです。
もうどんどん友雅=いい男の構図が強化されていく感じですかね(^^;)
いかに大人の男って感じで書くか、にかなり命かけてます(笑)
ちなみに今回の詩文との組み合わせっていうのも結構好きだったりします。
一番年が離れているんだけど、なんだか一番大人な話をしてそうな感じがするのは私だけ?(笑)
ちょっと無理してつけてみた英語のタイトルは「〜を祝って」という構文です。
「あかねの幸せ」と「一生に一度でいいと思えるほどの恋に出会えたこと」の2つを意味しているとちゃんとわかってもらえれば幸いですv